【映画】子猫の涙  

d0057574_2223765.jpg■動機
知らない時代のオリンピック選手の話なので
■感想
面白かった。
■満足度
★★★★★☆☆ なかなか

■あらすじ
負けん気と度胸の良さで、アマチュアボクシング界のチャンピオンに君臨した森岡栄治(武田真治)は1968年メキシコオリンピックのボクシング・バンダム級で銅メダルを獲得。帰国後、華々しくプロデビューを果たすが、たった三戦の後に右目の眼疾を患い25歳の若さで引退を余儀なくされる。その後、自堕落な生活を続ける栄治の事を娘の治子(藤本七海)はどうしても好きになれないでいた。




■コメント
何気なく各シネコンの上映リストをチェックしていたら、イオンシネマ太田店の上映リストに聞いたことのない映画があった。
それがこの「子猫の涙」
ちょっと調べてみたところ、メキシコオリンピックで銅メダルを獲得したボクシングの選手・森岡栄治の自伝的な作品とかということで興味を持った。

実は森岡栄治という人のことをまったく知らない。
記憶にある一番古いオリンピックは1984年のロスアンゼルスオリンピックな私にとって、それより16年も前のメキシコオリンピックの話は教科書の中の物語に等しく、テレビのドキュメンタリー番組でもわざわざ見ない限りは、絶対に知ることのない時代のお話だったりする。
主演の武田真治も随分とボクサーっぽくて役作りもバッチリそうだし、ならばいっそいい機会なので時間を取って見ようと思い鑑賞を決めた。
※レアものだからという説もある

結果、予想したのとはちょっと違ったが、面白い映画だった。

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冒頭からいきなり森岡選手は引退してしまいびっくり。
この映画は森岡選手の引退後の話、メキシコオリンピックで銅メダリスト森岡栄治のその後の物語になっていた。
「なるほどそうきたか」と思いつつも、なんとなくすぐに受け入れられた。
※しかもその引退試合がガッツ石松との対戦で更にびっくり

スポーツ選手にとって引退は、殆どの場合"栄光の終焉"を意味する。
とすると、この物語は必然的にその後の転落や挫折といった"栄光の影"の様なものを移していくことになるのだが、何故かそこに全く悲壮感がない。むしろ、なにやら明るい雰囲気。
それは多分、森岡栄治の娘である治子(藤本七海)の視点と語りで進むからだろう。
この娘の語り口が非常に軽快かつ快活で、それでいてちょっとひねくれていて人間味があり、そのテンポのよさといやみのなさと関西弁のもつ不思議なテンションに、ついつい引き込まれ乗せられてしまう。

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仕事にも就かず、毎日遊びまわり、唯一活動しているといえば夜の「クラブ活動」くらいで、文字で書くと本当にどうしようもない父親で、娘はそういう父親の事を嫌っている。
が、心底嫌っているわけではない事が、言葉の節々から伝わる。
それは、彼がちゃんと家族(というか子供)に対して愛情をもって接しているからだろう。
どこがそうとかは分からないが、なんとなくそれが分かる。
分かるからこそ娘は「そういう」父がキライなんだろう。
劇中、そういう言葉のマジックのいくつかにニヤリとした。

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物語の序盤で、治子はダンボール箱に入れられた子猫を拾う。
子供と猫の組み合わせという実に微笑ましいシーンなのだが、これもちょっとした伏線になっていた事にあとで気付いてニヤリとした。
この映画の旧題「路地裏の優しい猫」に相応しく、この映画には多くの猫が登場する。
中には相当におっきいネコも登場する。
劇中ではそのネコは「ドラネコ」と称されていた。
そのドラネコを父は拾ってくる。

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そのドラネコ裕子(広末涼子)が登場するまでは結構いい空気だったのだが、彼女が登場する事でそれまで治子のカラーだったものが、随分と広末色になってしまったのがもったいないところ。
別に広末が悪いというわけではないがちょっと異物感があったのは否めない。
中盤まで映画を支えていた紺野まひるとの実力差がちょっとでてしまったのかもしれない。
だが、この異物感は治子が感じた異物感だとすると、作戦通りともいえる。
とりあえずいいほうに解釈しておこう。

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この映画は、森岡栄治の人生を通して、一つの人生論を提示した映画といえる。
「人生はなるようにしかならない。だから今できることをちゃんとやる」
「人生の勝ち負けは、他人ではなく自分で決める」
など、結構いい台詞がいくつかあった。
確かにその通りだと思えれば、なかなか思う通りに行かない人生にほんの少しだけ灯かりを射してくれるいい映画になりえるだろう。

過去の栄光にすがることなく、自らの過去に誇りを持ち、最後まで愛情を捨てずに生きた、路地裏の優しい猫の物語に、少しだけ感動した。

≪追記するコーナー≫
オリンピックといえば、最近でこそ自分の為にで戦うと言えるようになったが、一昔前までは、国の為、日本の為の戦いの場だった。
劇中で語られる円谷幸吉氏のエピソードもその事を印象付けるもの。
しかし、いくら国の為に頑張って成果を出したとは言っても、国は何の補償もしてはくれない。そんな事が明るみになってしまったのとメダル獲得者の低年齢化とが相まって、最近は自分の為に戦う選手が増えてきた。
だが、本当にそれでいいのか?
例えばスポンサーからおりてくるお金でギリギリ賄っているような選手は別として、協会の強化選手として様々な恩恵を受けている選手まで自分個人の為に戦いましたというのはちょっとどうかと思う。そこは国の為に頑張ったとまでは言わなくても、関係者各位にちょっとくらいは感謝しておくべきだろう。
アマチュアボクサーは体一つが資本。
なんの支えもなかったであろう森岡栄治だからこそ、国の為に戦ったという事に甘えず、自らの責任の下、自分の為に戦ったと言えたのだろう。

■状況
イオンシネマ太田店にて映画の日価格で観賞
■対象
実話系が好きな人、人生哲学が好きな人、やっぱり猫が好きな人
■見所
ナレーション全般、「私は、そんなエロ親父の半分で出来ている」は秀逸、
広末涼子(27)の娘に宝生舞(31)が起用されているところや、前よりちょっとだけふっくらとした黒川芽衣が可愛らしく出演しているところなど。
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by unknown0083 | 2008-02-01 23:10 | 映画

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