【映画】ディア・ドクター  

d0057574_21514511.jpg▼動機
待ってました!今年一番の期待作。
▼感想
絶対的な別格扱い
▼満足度
べっかく

▼あらすじ
村でただ一人の医師、伊野(笑福亭鶴瓶)が失踪する。村人たちに全幅の信頼を寄せられていた伊野だったが、弟子の相馬(瑛太)や、看護師の大竹(余貴美子)をはじめ、彼の背景を知るものは誰一人としていなかった。事件前、伊野は一人暮らしの未亡人、かづ子(八千草薫)を診療していた。かづ子は次第に伊野に心を開き始めていたが、そんな折に例の失踪事件が起きる。




▼コメント
上映終了後、しばらくの間席を立つことができなかった。
それほどまでに衝撃的で、一瞬たりとも目の離すことのできないテーマが、
この物語の中に巧妙に隠し込まれていた。

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無医村だった村に現れた医師が、ある日突然失踪した。
だが、その医師は免許を持たないニセ医師だった。

彼は何故、ニセ医師になり、そして何故失踪したのか?

西川美和が得意(?)とする闇の心理描写をふんだんに使って炙り出される物語は、
序盤は意外なほどほのぼのムードで展開し、時折ドキリとするような台詞があったりするが、
確固たる結論を提示してしまった分、ぼーっと見てしまうと実に普通の物語。
に、見えるかもしれない。

しかし、私は西川美和のファン。
あの西川美和が普通の物語を作ってくるわけがないと信じる私は、
序盤でひとつ恐ろしい「可能性」に気づいてしまった。

もしかしてこの伊野という医師は西川美和本人を投影したものではないだろうか?

そう感じた途端、物語はガラリと色彩を代えた・・・。

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2006年の映画「ゆれる」で映画関係者より絶大な評価を得た西川美和。
その影響で、前作「蛇イチゴ」もあわせて再評価されたりと、
おそらく彼女を取り巻く環境は激変したに違いない。

通常、映画の評価に際して、新人に近い監督が高い評価を得ることは珍しい。
大概の場合は主演俳優や助演俳優に評価が行くだろう。

だが「ゆれる」の場合は事情が違う。
オダギリジョー、香川照之を擁して置きながら、
一番の評価を得たのは脚本と監督の西川美和だった。

しかも、当時は女性監督ブームということもあり、
「ゆれる」というヒット作をもつ彼女は
何かとピックアップされる存在でもあった。
※見た目が美人だというのもあるかもしれないが・・・

そんな中、彼女のインタビューの中で、
「『ゆれる』は主演のお二人をキャスティングできた時点で完成。
 後はより良くしていくだけ」
という様なことを語っている。

言い方を変えれば、自分は何もしていないという風にもとれるこの発言は、
一見謙虚なようにも聞こえるが、そうじゃないようにも聞こえる。
そう、今にして思えば、「そうじゃない」ほうの発言だったのかもしれない。

そんな状況下であまりにも高い評価を受けてしまった彼女は、
激変したであろう周りの状況と、日ごとに高まる周囲の期待に対し
もしかしたら相当困惑し悩んだんじゃないだろうか?

そして行き着くところ、
「私はホンモノじゃない、まだまだニセモノなのに」
という思いに苛まれていたとしたら。

そんな思いが投影されたのが「伊野治」という人物だったとしたら・・・

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「先生だ」「名医だ」「神様だ」などとおだてられてプレッシャーを抱え続けてパンク寸前だった伊野と同様に、もしかしたら西川美和は「天才だ」「本物だ」「才媛だ」などという無責任な言葉でもてはやす連中にイヤ気のようなものを感じていたのかもしれない。

そして、劇中に伊野が逃げ出したい衝動にかかれる瞬間があるように、
彼女も、もしかしたら逃げ出してしまいたかったのかもしれない。
全てを投げ出してしまえばラクになれる。
そう思った瞬間が何度かあったのだろう。

だが、西川美和は逃げ出す口実を見つける代わりにこの映画を撮る事を選んだ。
物事を少し外側から冷ややかに見つめる視線もそのままに、
自分を投影した人物を引っさげた物語で。

それが、「蛇イチゴ」では家族に、「ゆれる」では兄弟と幼さ馴染みにそれぞれ当てた
「心の闇を炙り出す光」を、今度は自分自身に向けることになるのだとしても。

おそらく彼女はこの映画を撮ることで覚悟を決めたんだ。

ホンモノでもニセモノでもどっちでもいい。
周りの評価なんてものはもっとどうでもいい。
生み出された「虚像」も「真実」も「幻想」も全て抱えて、
自分は自分の出来ることでキッチリと自分をこなして行く覚悟。
そしてその上でそれが誰かのためになるのであれば、
こんなにうれしい事はない。

前作「ゆれる」から約二年、
これが西川美和が悩み抜いて出した答えなのかも知れない。

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そう考えると、いままでとはちょっと毛色の違うラストシーンも、どことなく「ゆれる」を彷彿させるようなキャスティングも、それぞれにちゃんと考え抜いた結論というものを感じることができたため、わざわざこちらからと否定するところは見当たらない。

というか、
文字通り人生を賭けてきた映画だと気付いてしまった以上、
それにケチをつけるほど私は野暮じゃない。
むしろ、それを全面的に肯定することで、
何がしかの一体感のようなものを感じることができたならば・・・
とついつい思ってしまうのは、ファン心理というものだろうか?

いや、もう、それにしても・・・だ。
日本映画界が誇る才媛、西川美和。
またしても私の趣味ど真ん中の映画を見せてくれたことに、深い感謝の念を惜しまずにはいられない。

≪追記するコーナー≫
「どことなく「ゆれる」を彷彿させるようなキャスティング」ついて。
続投の香川照之をはじめ、松重豊&岩松了のコンビと、もっとも旬でセクシーな俳優・瑛太は、なんとなくオダギリジョーを連想させ、姉御肌の井川遥は同じく真木よう子を連想させる。
なんとなくこれは、一度は自ら否定した「ゆれる」での成功を、自分の中でもういちど肯定したかったんじゃないかと勝手に想像している。

≪蛇足するコーナー≫
で、あえて言います。
「西川美和さん。貴女は凄いです。本物です。それは確かです。
 ですから何卒心と体をご自愛し、お疲れの出ませんように」


▼状況
ユナイテッドシネマ前橋にて会員価格で鑑賞
▼観客
30名強(何故かカップル多し!ダメだってこういうの選んじゃ!)

▼対象
ファンじゃなくっても、同じようなことに悩んだ人なら気づくかもしれない。
▼見所
そして、消えた伊野を追う刑事が問う、
「ホンモノだと思いたかったのはアンタ達の方じゃないか?」
「誰も心を開いてないじゃないか」
という台詞にも二面性があって恐ろしい。
また、私の見方だと「ディア・ドクター」というタイトルすらも「親愛なる自分へ」という事になる。
やっぱり一度ケリをつけたかったんだろうな~っと思わずにはいられない。

▼教訓
ウソをつき通す勇気とウソから逃げない覚悟、それができないならウソはつかない。
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by unknown0083 | 2009-06-27 16:15 | 映画

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